自分の内側が、どこかずれているような感覚があるとき。
変わりたい気持ちはある。どこから動けばいいかが、まだ見えないとき。
外側はうまくいっている。それでも、何かが戻っていないとき。
内側が、静かに動いているとき、
外側の景色も、静かに変わっていく。
その問いが、自分という場所に現れるとき。
Dreamin' Engine
本来の流れに乗れないとき、
四つのどこかが、ずれていることがあります。
何を信じ、何を見ているか。
意識の向きが、すべての出発点。
身体は、内側の状態を映す鏡。
整えることで、流れが変わる。
動くことではなく、
本来の自分として動くこと。
どこへ向かうかより、
どんな自分として在るか。
螺旋的成長とは
同じ問いに、何度も戻ってくる。
それでも、以前とは違う場所から、その問いを見ている。
「また同じ課題だ」と感じるとき、
より深い層でその問いと向き合える
自分になっているのかもしれません。
たとえば、こんな感覚。
動きたい気持ちはある。それでも、体が動かないとき。
変わりたい感覚はある。どこからかが、まだ見えないとき。
外側は整ってきた。内側だけが、取り残されているとき。
自分が本当に望んでいることが、見えなくなってきたとき。
対話のなかで、内側の問いが、静かに動いているとき。
深まるリズムは、それぞれにあります。
準備は整っていなくていい。
問いがあれば、それで十分です。
言葉が整っていなくても、そのままで大丈夫です。